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2011/04/04(月) 15:42 大鬼
東京電力の勝俣恒久会長の座右の銘は「ケ・セラ・セラ」(日刊スポーツ:2006年5月31日)。スペイン語由来で、何とかなるさ・どうにかなるさ・明日は明日の風が吹く的なニュアンスらしい。文脈によってはいい言葉なのだが、今この状況で聞くと妙にイラっとくる。

原発産業はこんな大惨事を起こし人々に多大な被害をもたらしているにもかかわらず、人々の抗議などどこ吹く風、まだ原発を推進する気のようだ。その余裕には根拠がある。彼らは究極の免罪符をすでに手にしているからだ。それが原子力損害賠償法である。


■ 賠償総額はどのくらい?

まず今回の損害賠償額がどのくらいになるのかを考えてみよう。過去に原子力損害賠償が適用された唯一のケースが、住友資本系JCOの核燃料加工施設が1999年に引き起こした茨城県東海村の臨界事故である。死者2名、避難指示の対象は事業所から350メートル(0.38km2)範囲の約50世帯3日間の避難で、農家への補償も含め、合計で約150億円の損害賠償が認められた。

福島原発災害の場合、避難範囲半径20キロメートル(126km2)、避難指示が8万人、屋内退避が14万人、すでに数週間経過したがまだ最低でも数ヶ月は放射能が出続けると見込まれており、周辺の農業・漁業の被害は放射性物質の放出量と飛散範囲からみて桁違いに大きくなる。死者は4月3日現在までに報道で知った限りで作業員2・病院患者14・福島県大熊町の住民1の合計17人だが、死者が本格的に出始めるのは早くて4~5年後である。東海村ケースとの比較をすれば、避難面積は330倍(屋内退避含めれば744倍)、避難人数は400倍(屋内退避含めれば1100倍)、期間が短く見積もって3ヶ月と仮定すれば30倍、1年続けば122倍。さらに被災地で原発災害のために被害が大きくなった人々への補償や、今後予想される体内被曝の拡大から日本全国で起こされるであろう大規模な集団訴訟など。東海村の賠償の内訳(算定根拠)が分からないので予測は難しいが、福島原発災害の賠償総額はどう考えても東海村の100倍(1兆5000億円)程度では済まない(10兆でも足りないのでは?)と思われる。


■ 法律を読んでみると・・・

では誰がこれを賠償するのか。原子力損害賠償法(「原子力損害の賠償に関する法律」)は、一見すると賠償責任を認めて被害者保護のための法律のように見えるが、実際には原発産業が責任を逃れられる余地を何重にも準備しており、今回のように賠償額が巨額になる場合には究極的にはその負担を政府、つまり納税者に転嫁することが定められている

まず3条1項には原発事故の賠償責任が原子力事業者(今回の場合は東京電力)にあるとした上で「ただし、その損害が異常に巨大な天災地変又は社会的動乱によつて生じたものであるときは、この限りでない。」とある。これらの場合は完全に免責だという。だが理由が巨大天災であれテロであれ、何かあった時の被害があまりに大きすぎるような代物を作った責任は本当にゼロと言えるのか。また「異常に巨大」という文言の意味が曖昧なので、政府の解釈次第では今回のケースでも事業者の責任が免除されることがあり得る。今のところ政府は「国民感情」が許さないからという危うい理由で「東京電力の免責はあり得ない」と言っているが、これはこの「異常に巨大な天災地変」条文を適用しないという意味である。

しかし問題はここからだ。4条1項には「原子力事業者以外の者は、その損害を賠償する責めに任じない。」とある。これは原発産業の中で、原子力発電施設を直接運営している企業だけが賠償責任を負い、設計・メーカー・建設業者その他原発で甘い汁を吸ってきた組織は一切お咎めがないという意味だ。

よって原発事業者、今回の場合は東京電力が全ての賠償金を支払うということになってもおかしくないのだが、実はそうではない。7条1項によると、事業者は賠償に備えて民間の保険契約および政府との補償契約を結び、1発電所につき1200億円を賠償できるような措置をとっていなければならない。実際には政府の補償契約が大部分を占める。すでに東京電力は政府に補償契約上の保険金を払ってきたはずなので、あとは政府が補償するという流れになる。なお政府補償契約の詳細は「原子力損害賠償補償契約に関する法律」(別の法律)に定められており、その3条に書かれている補償支払い対象となる条件に、地震などの天災や「正常運転」中の事故などが含まれているため、今回のケースでも1200億円の中の大部分を政府が補償契約の履行として支払う形になるはずだ。

では1200億円(賠償措置額)を越えた分についてはどうなるのか。一部のメディアはあたかも東電が支払うような書き方をしているが、本当のところ税金から支払われるのだ。原子力損害賠償法・16条1項には、「政府は・・・(事業者の損害賠償額が)賠償措置額をこえ、かつ、この法律の目的を達成するため必要があると認めるときは、原子力事業者に対し、原子力事業者が損害を賠償するために必要な援助を行なう」と書かれている。「賠償措置額」とは1200億円までの賠償金のことを意味するので、それ以上の分は東京電力の賠償による損失を政府が穴埋めするという話だ。そして政府が穴埋めした分を原発事業者が政府に返済する義務はどの条文にも書かれていない

つまり1200億円までは東電が契約している政府と保険会社が支払い、1200億円を越える分も必要に応じて政府による東電への財政援助でまかなう。その場合、形式上は東電が賠償支払いをしているように見えても実は税金が使われているわけで、東電は賠償では実質的にほとんど損しないということになるのではないか。もしこの法解釈が正しいのであれば(この点は法律専門家に聞いてみたい)、この法律はクソとしか言いようがない。

しかもこの16条には、政府が1条にある「被害者の保護を図り、及び原子力事業の健全な発達に資する」という目的のために必要だと見なさなかった場合、かつ事業者が必要な賠償金を支払う能力がないと言い張った場合(倒産など)、だれが究極的に負担を背負うことになるのかについて何も書かれていない。なので究極的には被害者を見捨てるという選択肢も残されてしまっているように思われる。もっとも「国民感情」からしてそれはさすがに考えづらいので、より現実的なシナリオとしては、東電にそれなりに出させた上で大部分は政府が支払う、しかし賠償額を極力抑えるためにあの手この手で被害そのものを極力認めない~避難範囲を意地でも広げない、食品安全基準・水質基準を緩和する、被ばくとの因果関係を認めないなど~といういやらしい展開になるのであろう。この間のあらゆる理不尽な政策が、結局は金の問題につながっていると考えることでつじつまが合ってくる。

※4月11日、東京電力は1世帯あたり100万円を前倒しで仮払いする(合計8000億円)としたが、経産省の海江田はすぐに「東電が事業体として収益を上げて賠償できるように、政府としても支援する」と述べた東電が賠償を支払っているように見えても最終的には税金でその分の損失が埋め合わされて、東電は利益を上げ続ける、というのが連中のビジョンだ。汚い!


■ 4つの提案

しかし原発利権が負うべき負担の大部分を納税者に転嫁したり、賠償額を抑えるために被害を被害として認めないような、原発推進派のシナリオを認めていいわけがない。まだ事故が悪化しているのでまずは放射能放出を最小に止める努力をしなければならないが、以下の点も同じように重要だと考える。

第一に、賠償額を小さくして原発推進に固執しようするところから生み出されている非人道的政策を見直し、避難エリアの拡大・永久移住政策の整備、影響を受けた全農家・漁民への全額補償の確約、食品・水の放射能基準値の厳格化、徹底的な汚染除去のための公共保健事業、すべての放射性物質の汚染情報予測の全面開示など、利権よりも人命を優先した政策にシフトすべきだ。とりわけ食品・水の放射性物質残留値測定については、各供給者や原発推進機関ではなく保健所が住民の安全を守る立場で厳格に調査できる体制をつくり、基準にかかわらずすべての測定結果を公表すべき。嘘をついて原発被害をないものにするやり方が実際の健康被害と「風評被害」を同時に生むのであり、原発被害があることを認めて徹底的な規制・情報公開をする体制があれば健康被害も風評被害も抑制できる。原発推進派は住民の健康を犠牲にすることで損失を抑制し原発を正当化しようなどという腐った考えがもう通用しないことを知るべきだ。

第二に原子力損害賠償法を改正し、原発メーカーやゼネコンの大手企業を含む原発産業すべてに連帯責任を課し、彼らに形式だけでなく実質的に無制限の負担責任を負わせるべきだ。その責任を果たそうとしないなら、これほど重大な被害をもたらす採算性のない原発事業に加担すべきでない。だが彼らに安心してもらうため、「直ちに経営に影響が出ない」レベルだと言ってあげよう。彼らはこれまで信じられないほど(多額の補助金も含めて)儲けてきたのだから十分な資金を蓄えている。東京電力一社だけで純資産は2兆円を超える(2010年)。業界みんなでかき集めれば数兆はなんとかなるはずだ(ちなみに日本の大企業は全部で数百兆の内部留保を持っているのでその気さえあれば東日本大震災の被災者救援も実は十分にできる)。原子力関係のいくつもの民間団体に天下った大企業・文科省・経産省・内閣原子力委員や御用学者の方々にもそれ相応のご負担をお願いしたい。

第三に、その上で、それでも一切税金を出さないで済む状況ではないため、政府が補償の一部を肩代わりしなければならない。ただし単に金を出すだけで終われば、原発産業をただ単に助けただけになり、これでは道理が通らない。電力事業が少なくとも原発がある限り民間営利企業には手に負えないものであることが証明された今、電力事業は国有化していくことが合理的だ。米国でもエンロンの不正倒産に象徴されるように、自由化・私企業による利益追求は公共性の高い事業に適さないことが証明されている。何でも市場まかせにすれば良いなどという考えはもう時代遅れだ。今回は市民が東京電力の資産を買い(国有化し)、巨大民間企業による電力独裁を終わらせ、電力事業を民主主義の監視下に置いて、自然エネルギーへの移行を政策的に早める第一歩にすべきだ。

第四に毎年4500億円ほど財政から拠出している原子力予算をやめ、震災対策と脱原発のための予算に組み替えるべきだ。原子力予算の約半分は文科省を介して、もんじゅや六ヶ所村などの開発運営資金に充てられている。これらの事業は安全性からみても技術的にも存続させるべき理由は何もない。活断層の上に建つトラブル続きのもんじゅが運転開始してまた事故を起こせば、半減期24000年と言われる最悪の放射性物質プルトニウム239をまき散らす可能性が高い。そうなったらまず関西・中部は壊滅的打撃を受ける。経産省への予算分は主に原発受け入れ自治体への買収資金に充てられている。それらの地域は貧困のために原発を受け入れているのだが、時代遅れの原発にいつまでもすがって生きるわけにはいかない。石油利権や原子力利権がまき散らしてきたデマのために、自然エネルギーなど使えないとか、原発をやめたら停電になるなどと思い込まされている人がいまだに多いが、そこまで原発を盲信してる国は日米仏だけだ。自然エネルギー(風力・太陽光・水力・波力・地熱)にはより多くの雇用創出力があり、効率性でも原発を越えつつあり、大量に投資すればすべての電力需要を満たすことも可能で、温暖化や命の危機を伴いながら生きていく必要もない。原子力を今すぐ全部停止しても実は大丈夫だ。さしあたり既存の発電所の稼働率を上げて、企業の電力消費課金を一般家庭と同様に使えば使うほどお金がかかる当たり前の方式にすることでピーク消費量を抑制するだけで停電は回避できる。原子力推進のために注ぎ込んできた膨大な資金を自然エネルギーへの投資に振り向けよう。日本再生への一つの手がかりがここにある。
 

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追記: 経団連の米倉弘昌会長(住友化学代表取締役会長)が4月7日、東電は震災の被害者であり、原子力損賠法3条1項の「異常に巨大な天災地変」を適用して東電を全面的に免責し、国が賠償を引き受けるべきだとの見解を示した。経団連はかねてから法人税の引き下げと消費税増税を主張してきた財界団体であることから、これは原発が起こした人災のコストを庶民に責任転嫁しろという発言と受け取れる。財界は狂信的な民営化論者の集団なので、政府が責任を担うからといって国有化には反対である。4月11日に米倉は「政治家が国有化という言葉を使っただけで、どれだけ東電の株価が下落したか」と、株価つまり金の話で国有化論を避難した。要するに経団連の考えは、税金から金を出してもらうが電気事業は公共のものにはせず、原発産業の利権を温存するということだ。ふざけるのもいいかげんにしてほしい。米倉は福島原発事故発生当時、「1000年に1度の津波に耐えているのは素晴らしいこと。原子力行政はもっと胸を張るべきだ」などと発言していた。住友グループといえば、東海村臨界事故で賠償責任を負ったJCOの出資元であり、原発産業の一角である。今回も東電に2兆円も融資した大手銀行の一つが三井住友である。震災のリスクは想定されていたことであり、それを無視して暴利をむさぼってきた点で、原発にかかわってきた大企業は同罪である。賠償の第一義的責任は東電を含む原発産業の大企業すべてに求められるべきであり、その上で政府が補填をする際に電力事業の国有化(とくに送電線の公共・自由利用)を必須条件とすべきだ。国有化なしに金だけ出せというのは恐喝に等しい。
 
 



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